短編 百合小説『あなたの声が、好きでした』②



『あなたに、触れてしまいたい夜』


付き合い始めて、三ヶ月。


気づけば、綾華と過ごす時間は日常になっていた。

それなのに、心の奥のどこかで、いつも不安が渦を巻く。


「……こんな私じゃ、綾華さんには、物足りないかもしれない」


そんなことを思ってしまう自分が、嫌いだった。



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金曜の夜、綾華の部屋。

二人で鍋を囲みながら、ささやかな夕食を終える。

テレビからは他愛もないバラエティ番組。蒼はというと、綾華の横顔を盗み見ては、胸の奥がきゅっとなっていた。


「なに、見てるの?」


「えっ、なにも……!」


「嘘。目がすごい可愛かった」


そう言って、綾華は笑う。

まただ。心を見透かされるようなこのやりとり。

好きになってから、ずっとそうだった。


「……ずるいです、綾華さんって」


「うん。よく言われる」


「開き直らないでください」


「だって事実でしょ?」


蒼は思わず笑ってしまう。

この人はいつも、自信たっぷりで、ぶれなくて、誰の評価も気にしない。

私とは、まるで正反対なのに——だから、好きになった。


「ねえ、蒼さん」


「はい?」


「泊まっていかない?」


綾華の言葉に、胸が跳ねた。

これまでも何度か、同じ部屋で夜を明かしたことはある。

けれど今夜のその声は、いつもより少しだけ低くて、色を含んでいた。


「……いいんですか?」


「私が“来て”って言ってるんだから、来なきゃだめでしょ?」


綾華はそう言って、さらりと蒼の手を取る。

その手は、相変わらず綺麗で、優しくて、でもどこか強引だった。



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ベッドの上で並んで横になる。

電気は落とされ、部屋には小さなスタンドライトの明かりだけ。


隣にいる綾華の温度が、妙に近く感じて、蒼はぎこちなく身体を強張らせた。

すると綾華が、少し笑ってから、小さな声で囁く。


「そんなに緊張しなくていいのに」


「……してません」


「嘘。肩、固いよ」


「……もう、綾華さんいじわる」


「でも、蒼さんが可愛いから」


まただ。そうやって、まっすぐに気持ちをぶつけてくる。

私のなかの弱さも、不器用さも、全部を包み込むように、真っ直ぐに——。


「……綾華さん」


「ん?」


「私……すごく、怖いんです」


「なにが?」


「この幸せが、いつか壊れるかもしれないって、ずっと思ってて……。私なんかが、綾華さんにふさわしくないって、勝手に思ってて……」


涙があふれそうになって、蒼はぎゅっと目を閉じた。

けれど次の瞬間、優しい手が頬に触れる。


「——ねえ、蒼さん。私が誰を好きになるか、私が決めるよ」


「……綾華さん」


「蒼さんは、自分を過小評価しすぎ。私は、蒼さんがいい。優しくて、真っ直ぐで、ちょっとめんどくさいけど、でも嘘つかないとこ、すごく好き」


「めんどくさいって……」


「褒めてるんだよ?」


そう言って綾華は、そっと唇を重ねた。


優しくて、でも確かにそこに“恋”の気配があるキス。

蒼は目を開けられなかった。

ただただ、触れてしまったことが嬉しくて、涙が出そうになるのをこらえていた。



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朝方、綾華に寄りかかるように眠る蒼の髪を、綾華がそっと撫でながら囁く。


「ねえ、蒼さん。

私は、あなただけがいいよ」


その声が、夢と現のあいだで、何度も何度も反響していた。



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続編も大丈夫です!ふたりの関係をさらに深めていくお話、描きたいテーマやシーンがあれば教えてくださいね。



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