『あなたに、触れてしまいたい夜』
付き合い始めて、三ヶ月。
気づけば、綾華と過ごす時間は日常になっていた。
それなのに、心の奥のどこかで、いつも不安が渦を巻く。
「……こんな私じゃ、綾華さんには、物足りないかもしれない」
そんなことを思ってしまう自分が、嫌いだった。
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金曜の夜、綾華の部屋。
二人で鍋を囲みながら、ささやかな夕食を終える。
テレビからは他愛もないバラエティ番組。蒼はというと、綾華の横顔を盗み見ては、胸の奥がきゅっとなっていた。
「なに、見てるの?」
「えっ、なにも……!」
「嘘。目がすごい可愛かった」
そう言って、綾華は笑う。
まただ。心を見透かされるようなこのやりとり。
好きになってから、ずっとそうだった。
「……ずるいです、綾華さんって」
「うん。よく言われる」
「開き直らないでください」
「だって事実でしょ?」
蒼は思わず笑ってしまう。
この人はいつも、自信たっぷりで、ぶれなくて、誰の評価も気にしない。
私とは、まるで正反対なのに——だから、好きになった。
「ねえ、蒼さん」
「はい?」
「泊まっていかない?」
綾華の言葉に、胸が跳ねた。
これまでも何度か、同じ部屋で夜を明かしたことはある。
けれど今夜のその声は、いつもより少しだけ低くて、色を含んでいた。
「……いいんですか?」
「私が“来て”って言ってるんだから、来なきゃだめでしょ?」
綾華はそう言って、さらりと蒼の手を取る。
その手は、相変わらず綺麗で、優しくて、でもどこか強引だった。
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ベッドの上で並んで横になる。
電気は落とされ、部屋には小さなスタンドライトの明かりだけ。
隣にいる綾華の温度が、妙に近く感じて、蒼はぎこちなく身体を強張らせた。
すると綾華が、少し笑ってから、小さな声で囁く。
「そんなに緊張しなくていいのに」
「……してません」
「嘘。肩、固いよ」
「……もう、綾華さんいじわる」
「でも、蒼さんが可愛いから」
まただ。そうやって、まっすぐに気持ちをぶつけてくる。
私のなかの弱さも、不器用さも、全部を包み込むように、真っ直ぐに——。
「……綾華さん」
「ん?」
「私……すごく、怖いんです」
「なにが?」
「この幸せが、いつか壊れるかもしれないって、ずっと思ってて……。私なんかが、綾華さんにふさわしくないって、勝手に思ってて……」
涙があふれそうになって、蒼はぎゅっと目を閉じた。
けれど次の瞬間、優しい手が頬に触れる。
「——ねえ、蒼さん。私が誰を好きになるか、私が決めるよ」
「……綾華さん」
「蒼さんは、自分を過小評価しすぎ。私は、蒼さんがいい。優しくて、真っ直ぐで、ちょっとめんどくさいけど、でも嘘つかないとこ、すごく好き」
「めんどくさいって……」
「褒めてるんだよ?」
そう言って綾華は、そっと唇を重ねた。
優しくて、でも確かにそこに“恋”の気配があるキス。
蒼は目を開けられなかった。
ただただ、触れてしまったことが嬉しくて、涙が出そうになるのをこらえていた。
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朝方、綾華に寄りかかるように眠る蒼の髪を、綾華がそっと撫でながら囁く。
「ねえ、蒼さん。
私は、あなただけがいいよ」
その声が、夢と現のあいだで、何度も何度も反響していた。
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続編も大丈夫です!ふたりの関係をさらに深めていくお話、描きたいテーマやシーンがあれば教えてくださいね。
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